relaxins 2.0
思いつくままに。気が向くままに。
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過去からの電話 その2
【その2】

………
………


ほんの一言、二言でも、声を聞きながら、不思議とその表情が思い浮かぶ。
思い出さないようにしていた、顔とか髪とか、いろんな記憶が蘇る。
忘れない、忘れられないものなんですね。


日常の時間軸を飛び越えて、今がいつなのか忘れてしまうような感覚。
でも、何を話していいものかわからない。
向こうも、ちゃんと切り出さない。

相手の呼吸を読みながらの、不自然な会話のやりとり。気まずい沈黙。

だから、気がつくと僕は自分の話をしてました。
最近の近況報告を。



今の仕事のこと、大学に潜り込んだこと、高校時代にお世話になった友人のお母さんたちに恩返ししたこと、音楽とか創っていること、野球の話……等々。
つまり今、自分は充実した人生を歩んでいる、元気でやっていることを伝えたかった。

恋人はいないけれども、誰かのために何かをすること、誰かと一緒に何かをすることが自然とできるようになって、前向きに生きていることを、伝えたかったのです。

そして本当であれば、ここに、僕の隣に、変わらずに君がいればもっとよかったのに…
…そこまでも話していました。

あのとき別れることがなければ、今では次に二人でどこに住もうかなんて話をしていたかもしれないし、もう結婚していて、もしかしたら子供とかもいたりして、きっと夏休みに実家に帰らなきゃなぁなんて、話をしていたかもしれない。
そんな話も、あえて、この際だから、しておきました。

だけど、それはもうできない。
とはっきり言いました。
それはしてはいけないことだし、してもうまくいく自信がない、とも。

彼女も、自分のした行為が、僕がそれだけはしてくれるなと
強く願っていたことであることを自覚していますし、
それは端から見ても明確な裏切り行為ですから。
しかも2度も。

僕は自分の人生で、裏切られたことが二度だけあって、
しかもそれが二度とも、この人にだけは裏切られたくないと
思った唯一の人だったわけです。

率直に言って、向こうはよりをもどしたいと思っていました。
会えるものなら会いたいとも言われました。
だけど、会えないことはちゃんとわかっていました。
だけど、電話をしてしまったのだと、言っていました。
僕は…正直、会いたいと思う気持ちがどこかにはあります。
会ったらきっとまた、好きな気持ちを抱いてしまう予感もありました。
だから、会わないようにしようと。
会えない、と伝えました。


本当は、彼女の弱さとかもすごくわかっていて、
福島出身で、父親も学生時代に亡くしている彼女が、
すごく心細い思いで東京にいることも知っていて、
自分がその支えになれることもわかるのですが、
やっぱりそれをしてしまうわけにはいかないのです。

一度、僕のもとから去った彼女を、何も言わず受け入れたとき、
僕は自分でも意外と懐が深いなぁ、なんて思ったりもしたけれども、
もう一度受け止めるほどには深い懐を持ち合わせてはいない。
少なくとも、受け止めるような人間ではないし、
そんな人間にはなれないし、なりたくない。

過去がなければ、よかったのに。
愛してなければ、許せたのに。

…本当に、冗談として、記憶喪失になるか、タイムマシーンでもあれば、
よかったのに、なんて話もしました。
そうすれば、また一緒になれるんだろうに、って。
でもそれは、つまり、なれない、ということですけど。

僕が二つだけ年上に生まれていたら、とも、
出会うのが3年遅かったら、とも、
「たられば」で歴史を語ることの無意味さをよく僕は言うわけですけど、そんなことを思って、しかも口にしてもいました。
でも、結局、過去はやっぱり過去で、取り戻せないものを過去と呼ぶのです。
そして僕らは、二度も過ちを犯してしまった。

よりを戻そうにも、そのより所もなくて。

最後は思い出話をしたりして、ちょっとした笑い話にもなったりして、
それで電話をきりました。
もう二度と話すことのない予感を噛み締めながら。

気がつくと窓の外は明るくなっていて、まだ登りきらないうちから、
太陽はその熱さを誇示しているようでもありました。

結局、こうして朝はまたやってくる。
夜の闇は、新しい朝の光をつれてくる。

そして、人はいつまで経っても、今という時間しか生きることしかできない。
明日という日を生きるために、今日という毎日を生きていく。
過去に生きることはできないのです。

同じ夢を馳せるなら、過ぎ去った昨日よりも、明日に何かを見いだしたい。
その未来には、確かに彼女はいないけれども…
…もうあんな風に人を好きになることは二度とないかもしれないけれど…
…それでも前に足を踏み出す。
後ろはもう、振り返らない。

これからどんな人生を歩むのか、そしてどんな人と巡り会うのか、今はまったく見えていないけれど、根拠も何もないけれど、希望を感じてはいます。

そのささやかな希望があるかぎり、きっと僕は前を向いて生きていけるのです。





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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記


この記事に対するコメント

パンドラの箱をあけたら、

希望だけのこった、

ってゆう話を思いだしました。


もしあけなかったら、
パンドラの箱の中への期待ばかり、
無意味につのったかもしれない。


無理な願いと知ったとき、
あえて自分の手で、
ひとすじの光を、可能性を、
期待してしまう自分を、
つぶしてしまいたくなる。

淡い期待すら抱かなくなったとき、
やっと新しい希望にたどりつくのかも
しれないですね。


がんばってほしいです。
明日を。




【2007/08/30 21:01】 URL | miya #- [ 編集]

コメントありがとうございます。
知っている人かどうかは、あえて探りません。

>淡い期待すら抱かなくなったとき、
>やっと新しい希望にたどりつくのかも
>しれないですね。

おっしゃる通り、なのかもしれませんね。
自分からは一生、電話することはないと、言う自信はずっとあったものの、向こうから電話がかかってくることは考えてはおらず…つまり、もしかしたら、かかってくることの期待が、ないことはなかったのかもしれません。

そうした、淡い、やんわりとした期待、つまり意識化されない潜在的な期待は、やっぱ、どっか、あった。気もします。

もう、彼女と歩む人生はないと思えるからこそ、会ってみることを、ふと想像したりもします。

逆に、明日をいきるために。
なんて。
それはないですけどね。
【2007/08/31 20:01】 URL | kiku #Di5TU3Tw [ 編集]


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